トヨタが水素エンジンを開発する理由とは


2021年 NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース第3戦が5月23日に富士スピードウェイで開催され、水素エンジンを搭載したトヨタ・カローラスポーツが参戦、本格的なテスト走行を兼ねたお披露目会になり話題でした。

走行時間12時間、358周回、走行距離1634km、充填時間4時間で完走しました。夜中に長時間停止したのの水素以外のトラブルが原因だったようです。
下の動画は、水素カローラが完走した直後、豊田章社長がゴール地点からピットに戻る車内に乗り込んでトヨタイムズに語っている映像です。

電気自動車とは異なる「もうひとつの可能性」

カーボンニュートラル(脱炭素社会)に向けた自動車業界の使命「ゼロエミッション」、すなわち環境汚染の原因になるCO2(二酸化炭素)を排出しない自動車社会を目指して、トヨタは電気自動車とは異なる「もうひとつの可能性」を提示しました。

実は、水素エンジンの研究は特許出願数では2000年代中盤が最盛期で、マツダが国内リース販売用に開発した水素ロータリーエンジンを搭載した「RX-8 ハイドロジェンRE」を、BMWが水素とガソリンの両方で走ることができる「ハイドロジェン7」は100台生産しドイツの環境大臣などに公用車として限定的なリース形式で供給されたものの、この2つは市販までには至りませんでした。

その後はあまり各社研究が停滞していたのか、水素エンジンの話題がしばらくなかった状態でしたが、近年になり水素エンジンの開発がジワジワと再熱しはじめました。

MAZDA「水素自動車|環境技術
BMW Group「BMW Hydrogen 7

「燃料電池車」「水素エンジン車」それぞれのポイント

現在販売されている「水素で動くクルマ」といえばMIRAI(トヨタ)、クラリティフューエルセル(ホンダ)、ネクソ(ヒュンダイ)の3車種がありますが、この3車種は水素を利用した燃料電池車で、水素エンジンが搭載されているわけではありません。燃料電池車と水素エンジン車、この2つの違いを整理しましょう。

燃料電池車(FCEV)とは

水素と酸素を化学反応させて発電しながらモーターで駆動します。

  • 排出されるのはH2O(水)のみ
  • 化学反応なのでエンジン音がない

MIRAI(トヨタ)、クラリティフューエルセル(ホンダ)、ネクソ(ヒュンダイ)

水素エンジン車とは

ガソリンの代わりに水素をエンジンで燃焼させて駆動します。燃料電池車と異なりエンジン音があります。

  • 排出されるのはH2O(水)のみ
  • 内燃機関ほぼそのままなので、従来の製造工程で生産可能
  • 既存のエンジンの延長線上の設計なので、燃料電池車に比べて安価
  • 自動車業界の雇用を維持できる

RX-8 ハイドロジェンRE(マツダ)、Hydrogen 7(BMW)


水素エンジンの実用化までの課題は多い

積載する水素タンクが大きくなる

24時間耐久レースを走るガソリンエンジン車は平均約20回給油したのに対し、水素カローラは35回燃料(水素)を充填しました。

今回の水素カローラは180ℓの水素タンクが搭載されていました。市販されているガソリン車カローラ・スポーツの燃料タンク容量は50ℓなので、水素タンクは3.6倍の大きさですね。

ちなみに、現行MIRAIの高圧水素タンク容量は141ℓ(前方タンク64ℓ+中タンク52ℓ+後方タンク25ℓ)で、満タンで圧縮水素ガスが約5.6kg入ります。水素はキロ単位で購入することができ、1kg1100円(税込)で1kgで100km強走行します。満タンで走行距離は約650km。水素1kgで1100円なので、燃費としてはハイオクより少し安いくらいです。

関連ページ・
10年先の車社会を考えて開発されたMIRAI


水素ステーション営業店が少ない

水素ステーション建設のコストが高い

2021年6月時点で営業中の水素ステーションは全国で97件あり、東北2件、関東33件(うち東京14件)、中部31件、近畿17件、中国3件、九州11件となっていて、今のところ北海道、四国、沖縄には水素ステーション営業店がなく、最北で仙台市宮城野区、最南で鹿児島市新栄町になります。

参考・トヨタ「水素ステーション一覧

現状では、水素ステーションの数が圧倒的に少ないのですが、一般的なガソリンスタンドの建設費が7~8千万円に対して、水素ステーションは4億〜5億円超といわれているので、水素エンジンは課題が山積ですね。

最大のメリットは自動車業界の雇用を維持できることか

自動車関連産業の就業人口は542万人で、日本国内で働く8人に1人が自動車産業に携わっています。そのうち自動車製造業は91万2千人。

一般社団法人 日本自動車工業会「自動車関連産業と就業人口

電気自動車に転換した場合、大規模な余剰人員の削減に迫られる可能性が高いため、トヨタは既存のエンジン技術を保持することができる水素エンジンで雇用を守りながらカーボンニュートラルの将来を切り開こうと考えています。

トヨタイムズ「今こそ550万人の力を結集するとき  自工会・豊田会長 年頭メッセージ


水素エンジンが実用化されてもカーボンニュートラルはクリアしない

水素エンジン車が二酸化炭素を排出しないといっても、肝心な水素の製造プロセスで二酸化炭素が発生します。

水素を製造する3つの方法

  1. 石油・天然ガスに含まれる炭化水素を水蒸気と反応させて水素と二酸化炭素(CO2)に分離させる。
  2. 石炭を蒸し焼きにして「石炭ガス」を作る。石炭ガスは水素と一酸化炭素(CO)の混合物。
  3. 水に電流を流して水素と酸素に分離させる。

現在、世界で製造されている水素のほとんどは1で、石油・天然ガス由来になってしまいます。3が環境的に一番良さそうなのですが、結局のところ電気の発電には二酸化炭素が発生しますよね。

環境的には「自動車産業からエネルギー産業にカーボンニュートラル問題がシフトするだけでは?」とも思うのですが、「水素をどうやって製造するのか」が、その次の課題になるのではないでしょうか。

こちらの動画は数年前に流れたテレビCMで、ガソリン車を運転しながら「うるさくて、ガソリン臭くて、そんなクルマ大好きです!」と話す豊田社長です。個人的には大好きなCMですが、なんとなく、ちょっとした水素エンジンへの伏線だったような気がします。

関連ページ・
トヨタの中古車価格は下がらない

ページの先頭へ